DARKFORCE ANOTHER STORY    - a romance of chivalry -

  序章   樹海の邂逅

   Written By M a k a . K a z a m i




I


「駄目よ、止めなさい」
母は、我が子を強い口調でたしなめる。
「野良犬に餌なんかやって、懐かれたら困るでしょう?」
「でも……」
足元にじゃれつく仔犬が、くうんと甘えるような鳴き声をあげる。
理不尽だ、子は思う。懐かれたって構わない。むしろ、もし懐いたなら母を何とか説き伏せて、この仔犬を飼ってやる事が出来るのに。
そんな言葉を、しかし口には出さず、子はただ母に恨みがましい視線を向けた。
そう、その時は、思いもしなかったのだ。
―― それから十年余の時を経て、母のその言葉の意味を、厭と言うほど思い知らされる事になろうとは。





「……ちくしょー! お宝は、いったいどこにあるんだぁぁぁ!!!」
重い足を引きずりながら、まるで人さらいの商売道具の様な巨大な袋を背負った青年が、腹立ち紛れに叫ぶ。
視界を覆う、深い緑色。本来は黒くあるべき樹皮でさえ、苔に覆われすっかり緑に溶けている。昼なお暗き樹海のただ中。右を向こうが左を向こうが、樹と草と土以外、何も見えない。
足を進めるたびにあらわれては行く手を遮る木々を迂回し、湿った土を下草ごと踏みつぶす。そして、いくら移動したところで、その光景はいっこうに変わりはしない。
そんな日々が延々十回も続けば、いい加減叫びたくなるのも無理はない。
「まったくっ…こんな事なら、宿屋でのんびり飯食って風呂浴びて酒飲んで惰眠貪ってりゃ良かったぜっ…!!」
思わず毒づくが、それが一つとして実行不可能であった事は、青年自身が一番良く知っていた。
なぜなら、そんな事が出来る様な経済的余裕など、彼にはこれっぽっちも存在しなかったのだから。
彼の名はノイオン。無責任で馬鹿で単純。そして阿呆。一言で言えば無駄な人間である。
くすんだ金髪に覆われたその限りなく空に近い頭に、分不相応も甚だしいビッグな野望をぷかりと浮かべつつ、かと言って特に何をするでも無く、のほほんとその日暮らしを続けてきた。
そんな青年に転機が訪れたのは、ほんの2週間ほど前。
大陸一の山、フージ山の裾に広がるアオキ・ガハラーの樹海。世界で最も広く、そして深いことで知られるその森に、とある高名な将軍がとてつもない額の埋蔵金を隠したと言う噂を聞きつけたのだ。
欲に目が眩んだノイオンは、いつに無いすばやさでその日のうちに行動を開始した。
なけなしの金をはたいてスコップと携帯食料、そして戦利品を入れるための巨大な袋を購入し、意気揚々と樹海に向けて出発したのだ。
だが、樹海に足を入れて一週間が過ぎようとする辺りになり、彼はようやく、それしきの情報で埋蔵金が見付かる訳が無い事に気付いた。それでもまだ諦めきれず、どこかに宝の地図でも落ちていないか、はたまた怪しげな目印でもないだろうかという淡い期待を抱きながら無駄な努力をするも、当然ながら世の中それほど甘くはない。あてなくうろついたところで地図はおろか、人の足跡ひとつさえ見つけることは出来なかった。
さすがの青年も、そろそろ野望より疲れの方が増してきた。食料もすでに乏しい。残念ながら、これでは帰路につくしかない。
そんなこんなで、今となってはそのまま自らのアホさを証明でもするかの様な巨大な袋を抱えた青年は、ほとんど晒し者の様にふらふらと歩き続けていた。あたりに人目が無い事がせめてもの幸いか。もっとも、もし誰かが今のこの彼の姿を目撃したとすれば、即座に巡回中の兵士を呼ぶか、ただ黙って目を逸らすかのどちらかであろうが。
「うっうっ……俺の大いなる夢への第一歩があああああぁぁぁぁぁ……」
悲痛な叫びは、ただただ虚しく木々の間にこだましていった。


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